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大阪地方裁判所 昭和35年(ヨ)2667号 判決

申請人

モンテカチーニ・ソシエタ・ジエネラーレ・ペル・リンヅストリア・ミネラリア・エ・ヒミカ

(以下、モンテカチーニ社と略す)(イタリー国)

申請人

カール・チーグレル(ドイツ国)

右申請人両名訴訟代理人弁護士

小林俊三

吉川大二郎

中松潤之助

中村稔

申請人両名補助参加人

三井化学工業株式会社

申請人両名補助参加人

三芝油化株式会社

申請人両名補助参加人

住友化学工業株式会社

申請人モンテカチーニ社補助参加人

東洋レーヨン株式会社

申請人モンテカチーニ社補助参加人

三菱レイヨン株式会社

申請人モンテカチーニ社補助参加人

東洋紡績株式会社

右補助参加人六名訴訟代理人弁護士

根本松男

石黒淳平

被申請人

新日本窒素肥料株式会社

右訴訟代理人弁護士

兼子一

加嶋五郎

加嶋昭男

主文

申請人等の仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

但し、補助参加に対する異議によつて生じた訴訟費用は被申請人の負担とし、補助参加によつて生じた訴訟費用は、補助参加人等の負担とする。

事実

申請人等訴訟代理人は、申請の趣旨として、

一、被申請人は、自己の名義をもつてすると否とを問わず、アメリカ合衆国・ペンシルバニア州・フイラデルフイア・ウオルナツト・ストリート・一六〇八番所在の同国・デラウエア州の法人アビサン・コーポレーシヨン(以下、アビサン社という)が、

(A)  三塩化チタンの単一体、または3三塩化チタン・三塩化アルミニウムの組成を有する物質

(B)  アルミニウムトリエチル、アルミニウムヂエチルクロライドその他のアルミニウムアルキル化合物

(C)  エチレングリコールヂメチルエーテル、ヂエチレングリコールヂメチエーテルその他のグリコールエーテル

を、ヘキサンその他の不活性炭化水素溶媒中で反応させて得た物質を触媒として使用して、ヘキサンその他の不活性炭化水素溶媒中で、プロピレンを重合する方法

を使用して生産したイソタクト・ポリプロピレン(ポリプロピレンは、以下、PPと略称す)を輸入し、または輸入したイソタクト・PPを譲渡してはならない。

二、被申請人は、自己の名義をもつてすると否とを問わず、前記方法を使用してイソタクト・PPを生産し、または生産したイソタクト・PPを譲渡してはならない。

三、被申請人は、自己の名義をもつてすると否とを問わず、第一項または第二項のイソタクト・PPを使用して繊維、フイルムその他の加工製品を生産し、または、生産した加工製品を譲渡してはならない。

四、第一項または第二項のイソタクト・PP及び第三項の加工製品の完成品または半製品に対する被申請人の占有を解き、申請人等の委任する執行吏の保管に移す。

五、執行吏は右命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

旨の仮処分判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

一、申請人等は、左記のような、日本における各特許権の共有者である。

(一)  特許番号第二五一八四六号特許権(以下、第一特許という。)

発明の名称 オレフインの高分子線状ポリマーの製法

出   願 昭和三〇年六月八日(万国工業所有権保護同盟条約に基き、一九五四年六月八日と同年七月二七日とにイタリー国、同年八月三日にドイツ国に、それぞれなされた各出願の優先権主張)

出願公告 昭和三二年一二月一九日

特許登録 昭和三四年四月二七日

(二)  特許番号第二五六〇二九号特許権(以下、第二特許という。)

発明の名称 α―オレフインを選択的に重合して結晶性または無定形のポリマーにする方法

出   願 昭和三〇年一二月四日(万国工業所有権保護同盟条約に基き、一九五四年一二月三日と同年一二月一六日とにイタリー国に差出された各出願の優先権主張)

出願公告 昭和三四年四月一五日

特許登録 昭和三四年一〇月二六日

二、右の各特許権の「特許請求の範囲」は、次のとおりである。

(一)  第一特許の特許明細書に示された「特許請求の範囲」の記載は、便宜上これを分解すると、左記のとおりの構文から成る。

「(1) 少くとも3個の炭素原子を有する一般式R―CH=CH2(式中Rはアルキル、シクロアルキルまたはアリルである)のオレフインの、殊にプロピレン、n―プテン1、n―ペンテン1、n―ヘキセン1、及びスチロールのようなαオレフインの

(2)(い) 線状で主として非分岐の頭尾ポリマーで一般的構造式CH2―CHR―CH2―CHRのもの

(ろ) 又はこれらオレフイン相互の混合物

(は) またはこれらオレフインとエチレンとの混合物

のポリマーで、平均分子量一〇、〇〇〇以上のものを製造する方法において

(3)(イ) トリウムとウランを含めて周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物を

(ロ)(あ) 周期律第二、三族の金属か

(い) それら金属の合金

(う) または、周期律第一―三族の金属水素化物

(え) もしくは、上記(う)の金属の金属有機化合物

と反応させて得た触媒の存在で

(4) 有機不活性溶剤中で前記オレフイン類を重合させることを特徴とするオレフインの高分子線状ポリマーの製法。」

以上を要約すると、前記の「(1)項の出発物質(原料)を、(3)項の触媒の存在の下に、(4)項記載の有機不活性溶剤中で重合して、(2)項の生産物をうる、ことを特徴とするオレフインの高分子線状ポリマーの製法」に、この特許発明の要旨がある。

(二)  第二特許の特許明細書に示された「特許請求の範囲」 記載は、便宜上これを分解すると、左記のとおりの構文から成る。

「(1)(イ) トリウムとウランを含めて周期律第四―六A族の化合物より成り、少くともアルキル基と多価金属との間の結合を含み、前記金属の化合物と

(ロ) 周期律第二または第三族の金属、殊にアルミニウム、マグネシウムまたは亜鉛の有機化合物との

反応によつて得た触媒を使用し

(2) αオレフイン、殊にプロピレンを選択的に重合し一、〇〇〇以上の分子量を有する頭尾ポリマーにする方法において

(3)(い)(あ) 固体で特に結晶性かつ不溶性の触媒か、又は

(い)  粗分散性の触媒、もしくは

(う)  その双方

を使用することにより

(ろ) CH2基とCHR基とを規則正しい順序で長い直鎖中に有し、その中では主鎖の不斉炭素原子が少くとも分子の長い区間に同一の立体配置を呈し、結晶化の傾向の著しいポリオレフイン(イソタクト構造のポリマー)を生じる方向に重合を導くか、または、

(4)(い)(あ) 無定形、液状、または溶解した触媒か、又は

(い)  高分散性の触媒、もしくは

(う)  その双方

を使用することにより

(ろ) 両立体配置の不斎炭素原子が主鎖に沿つて統計的の分布を示すような無定形のオレフインポリマー(非イソタクト構造のポリマー)を生じる方向に重合を導く

ことを特徴とするαオレフインを選択的に重合して結晶性または無定形のポリマーにする方法。」

以上を要約すると、(2)項のαオレフイン殊にプロピレンを出発物質として(一〇〇〇以上の分子量を有する頭尾ポリマーにするにさいし)、(1)項の触媒を、(3)項(い)の形で使用して(3)項(ろ)の生産物を得るか、(4)項(い)の形で使用して(4)項(ろ)の生産物を得るか、を選択的に行なうことを、この特許発明はその特徴とするものである。

三、本件特許発明における触媒の意義

(一)  プロピレンは、石油精製の際に大量に生成される副産物であるが、これは、極めて永い間、工業的に用いることができなかつたところ、第一特許の発明は、前記「特許請求の範囲」に記載のような触媒を用いることにより、世界で始めて、プロピレンを重合して高分子量、高結晶性のPP(このPPの立体構造が高度に規則性を有することを発見し、これをイソタクト構造のPPと名づけた。)を製造することに成功したものであり(いわゆる、パイオニア・インベンション)、また、第二特許は、第一特許の発明を改良し、使用する触媒(前記「特許請求の範囲」記載のとおり)の形態により、得られる生産物が異ることに着目し、触媒の選択的使用による重合方法を発見したものである。

(二)  一般に、触媒とは、化学反応の進行速度を高めるも、それ自身は反応にあづからない物質をいうが、重合反応においては、触媒の使用あるいは選択が決定的な条件となることが多く、イソタクト構造の高分子線状頭尾ポリマーを得る目的でオレフイン(炭化水素中二重結合を有するものをオレフイン或いはオレフイン系炭化水素と呼ぶ。たとえば、エチレン・プロピレン・プテン・ペンテン・ヘキセンの如きである。)、殊にプロピレンを重合する場合もその典型的な例であつて、適切な触媒を使用しないかぎり重合が行われないと理解されている。因に合成の高分子化合物は重合体(ポリマー)と呼ばれ、これはその重合体の構成単位に相当する分子量の低い化合物(モノマー)の分子を化学的反応により多数結合させて製造される。この低分子を高分子にする化学反応を重合と呼ぶ。なお、頭尾ポリマーとはモノマーの分子の一端を頭、他端を尾と考えれば、ポリマー分子中の各モノマーの尾が次のモノマーの頭と常に結合しているポリマーをいう。さて、このような意味で、触媒と得られる重合物との関係は極めて重要であるが、本件特許発明は、前記の触媒を使用することによつて、立体構造が高度に規則性を有する(イソタクト構造)、プロピレン等α・オレフインの、重合物を得たのであるから、本件特許発明における触媒は、従来一般の触媒の作用である反応速度の促進作用に加え、得られた重合物(ポリマー)中の構成単位、すなわちモノマー(単位)を立体的に規則正しい配列に連続する作用を有し、かつ、後者の作用を有する触媒(すなわち、立体特異性触媒)である点で特に重要である。なお、オレフイン中α位置(すなわち鎖の一端)に二重結合を有するものをαオレフインという。α位置とはエチレン、プロピレン、nプテン1、nペンテン1、及びnヘキセン1の分子式に見られるような炭素原子間の二重結合のある位置をいう。

(三)  ところで、本件第一、第二特許における触媒は、各「特許請求の範囲」の記載によれば、前記の如く、(イ)号掲記の物質(以下、単に(イ)成化という)と(ロ)号掲記の物質(以下、単に(ロ)成分という)との二成分を、「反応させて得た触媒」或は「反応によつて得た触媒」と表現されているが、前記のように、本件特許発明の要旨は、(イ)(ロ)二成分の反応の結果として如何なる反応生成物が得られるか、にあるのではなく、いかにしてイソタクト・PPを得るかという技術的課題を解決するための技術的手段として、(イ)(ロ)二成分を選択し、これを反応させて重合を行うことを教示した点にあるから、右のように表現されているとはいえ、これは(イ)(ロ)二成分間に反応を全く生じないものは除外するという趣旨にとどまり、本件特許発明の触媒の特徴は、触媒原料として(イ)(ロ)二成分を規定したことにある。結局、右の表現は、(イ)(ロ)二成分が存在し、かつ、(イ)(ロ)二成分間の少くとも一部に反応を生じていることを意味し、従つて、本件特許発明における触媒は、単に、(イ)(ロ)二成分の反応によつて生じた(イ)(ロ)二元錯化合物だけをいうのではなく、これと未反応の(過剰の)(イ)または(ロ)成分を含む全体を意味するのである。

四、被申請人の侵害

被申請人は、昭和三五年五月、アビサン社との間に、アビサン社の製造するPPの輸入、この輸入PPからの繊維、成型品の製造並びに販売、またPP自体の製造販売に関する技術援助契約を締結し、右契約に基き、すでにアビサン社から同社の製造するイソタクトPPを輸入し、これを使用してフイルム、繊維その他の加工製品を製造販売してきたが、昭和三八年四月以降は、千葉県五井市所在の被申請人工場で自らイソタクト・PPを製造し、他に販売しているほか、これを使用してフイルム、繊維その他の加工製品を製造し、かつ、販売し始めている。しかし、被申請人が右のとおり輸入し或は自ら生産しているイソタクトPPの製造方法は申請の趣旨記載のとおりの方法(以下アビサン法という)であつて、これは、本件第一、第二各特許(以下、一括して、モンテ法ともいう)の技術的範囲に属する。すなわち、

(一)  アビサン法をモンテ法の「特許請求の範囲」の記載と対比すると、アビサン法の出発物質(原料)、生産物など、触媒の点以外のその余の構成要件が、すべてモンテ法のそれに該当することは明白であるし、触媒原料についても、先づ、アビサン法の触媒原料のうち申請の趣旨 (A)号掲記の物質(以下、単に(A)物質ともいう)のうちの「三塩化チタンの単一体」が、モンテ法の(イ)成分に該当すること並びにアビサン法の触媒原料のうち申請の趣旨中(B)号掲記の物質(以下、単に(B)物質という)が、モンテ法の(ロ)成分に該当することは明らかである。

(二)  次に、アビサン法の(A)物質のうち、「3三塩化チタン・三塩化アルミニウムの組成を有する物質」(以下3TiCl3・AlCl3と表示す)も、モンテ法の(イ)成分に含まれるか、或は、少くとも3TiCl3・AlCl3の使用はモンテ法を利用するもの、と解すべきである。すなわち、

(1)  3TiCl3・AlCl3におけるTiCl3(三塩化チタン)とAlCl3(三塩化アルミニウム)の比は、必ずしも3対1で安定したものではなく、TiCl3とAlCl3とが種々の量比で固溶体を形成している物質であるところ、TiCl3の製造方法としては、TiCl4(四塩化チタン)をAl(アルミニウム)で還元する方法が、経済的かつ工業的安全性の観点から最も通常おこなわれ、しかも、本件特許以前から古くおこなわれていた方法であり、この方法で作られた「三塩化チタン」は常に少量のAlCl3を含み、かつ、これと極めて強固に絶びついた物質であつたから、本件特許の出願当時において、単に「三塩化チタン」というときは、むしろ、少量のAlCl3を不純物として含有するものを含めて考えることが、当業技術者間の常識であつた。従つて、モンテ法の特許明細書に、(イ)成分としては純粋の三塩化チタンに限る旨明記されていない以上、(イ)成分には3TiCl3・AlCl3を含むと解するのが当然である。(商業的にみても、3TiCl3・AlCl3はAA型三塩化チタンとして販売されいる)

(2)  3TiCl3・AlCl3は、TiCl3とAlCl3との、混合物であつて化合物ではないところ、これが、(B)物質であるアルミニウムアルキル化合物と組合つて触媒作用を呈する部分は、TiCl3の部分であつてAlCl3の部分にはなく、従つて、AlCl3の部分は触媒の本質的作用とは無関係の物質であるから(3TiCl3・AlCl3も純粋の三塩化チタンも、これを(B)物質と組合せて触媒とした場合には、得られるイソタクトPPの収率に差異はない)、3TiCl3・AlCl3は、仮にモンテ法の(イ)成分に直接は該当しないとしても、これと均等物であるか、或は少くとも、その使用はモンテ法を利用するものというべきである。

(3)  仮に、3TiCl3・AlCl3がTiCl3とAlCl3との高次化合物であるとすれば一般に化合物というときは錯化合物や高次化合物まで含めて考えるの化学用語の通常の使用例であるから3TiCl3・AlCl3はモンテ法(第一特許)の(イ)成分である「周期律第四―六A族金属ハロゲン化合物」に該当すると解せられる。

(三)  さらに、アビサン法の触媒原料のうち申請の趣旨中(C)号掲記の物質(以下、(C)物質という)は、モンテ法の(イ)成分にも(ロ)成分にも該当しないけれども、それは有害無益な添加物にすぎないから、(イ)(ロ)二成分から生成されるモンテ法触媒と(A)(B)(C)三物質から生成されるアビサン法触媒とは、結局は同一に帰着する。すなわち、

(1)  工業的有用性の観点から両触媒の優劣を比較する場合に問題なのは、どちらの触媒が一定時間に一定量の触媒原料に対しより多くのPP殊にイソタクトPPを生成しうるか、ということであるが、この点から見てモンテ法触媒はアビサン法触媒に比し、常に(いかなる温度でも)PP収率(重合速度)もイソタクトPPの絶対収量(重合速度にイソタクト含有率を掛けたもの)も高く、しかも、アビサン法触媒における(C)物質の量を漸減させてモンテ法触媒に近づければ近づけるほど、全PPの収率もイソタクトPPの収率も向上し、逆に、(C)物質の量を漸増させると、これがいづれも低下するから、これらの点からみても、(C)物質が有害有益な添加物であることは明白である。

(2)  モンテ法触媒とアビサン法触媒とを、反応次数、得られる重合体のイソタクト含有率、重合速度に対する温度係数、活性化エネルギー、エチレン・プロピレン共重合特性、重合体の分子量分布の型式、などの点について比較しても、別段の差異はない。

(3)  アビサン法触媒における(A)(B)(C)三物質からは(A)(B)(C)三元錯化合物は生成されないし、仮に生成されるとしても、この三元錯化合物だけでは触媒としての活性を有しない。アビサン法の実際においては、いわゆる(A)(B)(C)三元錯化合物の生成に必要な量よりも極めて過剰の量の(B)物質を使用しており、この過剰の(B)物質は(A)(B)反応生成物(モンテ法触媒にあたる。)の生成のために必要なのである。

(四)  仮に、両触媒が、全く同一である、とはいえないとしても、少くとも、アビサン法はモンテ法を利用するものである。すなわち、

前記の如く、モンテ法触媒とは、(イ)(ロ)二成分が存在し、少くともその二成分間の一部に反応を生じているものであるから、(A)(B)(C)三元錯化合物が生成されると否と、また、(A)(B)(C)三元錯化合物が触媒活性を有すると否と、にかかわらず、アビサン法触媒において(A)(B)二物質間の少くとも一部に反応を生じているかぎり、アビサン法触媒中にモンテ法触媒が共存しているといえる。そして、アビサン法触媒の(A)(B)二物質は、それぞれモンテ法触媒の(イ)(ロ)二成分と同じであり、これに(C)物質が附加されているにすぎず、かつ(A)(B)二物質が、いずれも、イソタクトPPの生成というモンテ法と同一の目的・効果の達成のために必須不可欠の成分であるのに反し、(C)物質は不可欠の成分ではない。それゆえ、アビサン法は基本的、かつ、全面的にモンテ法の発明に依存しているといえるから、仮に、(C)物質の添加がモンテ法触媒の能力を向上させているとしても、それはモンテ法の改良であり、モンテ法の発明を利用していることに変りはない。

(五)  ちなみに、本件には特許法一〇四条が適用される。

本件特許(これは、物を生産する方法の発明についての特許である。)の方法により生産される物であるイソタクトPPは、右特許出願前に日本国内において公然知られた物ではなかつたから、被申請人が既に輸入し或は現に製造している物が右と同じイソタクトPPである本件においては、特許法一〇四条にもとずき、被申請人の輸入、製造にかかる右イソタクトPPは本件特許の方法により生産したものと推定されるから、被申請人は、右イソタクトPPの製造方法が本件特許の技術的範囲に属しないことを疏明できないときは、本件特許侵害の責をまぬかれない。そして、この推定は、同一の物を生産するにつき既に二以上の方法が特許された場合といえども、維持されるべきである。

以上の次第で、アビサン法は、モンテ法と同一の方法か、或は少くともモンテ法を利用する方法であるから、被申請人が申請人等の許諾もなくアビサン法を実施しているのは、申請人等の第一、第二特許を侵害する行為である。したがつて、申請人等は右侵害の差止請求権を有する。

五、被申請人の右侵害行為の結果、特許権により保護されるべき申請人等の独占的地位は失われ、損害を時々刻々に蒙ることになる。この場合損害の範囲は極めて広汎であり、かつ、その金額の立証も極めて困難であり、本案訴訟の確定を待つては到底回復しがたいものである。よつて、侵害差止の仮処分を求める必要がある。

補助参加人等訴訟代理人は、参加の趣旨及び理由として、次のとおり述べた。

申請人両名補助参加人・三井化学工業株式会社、同・三菱油化株式会社、同・住友化学工業株式会社の三社は、いずれも、第一、第二、各特許の特許権者である申請人等から、その実施許諾をうけた通常実施権者であり、かつ、許諾権者である申請人モンテカチーニ社との間で締結された実施権契約のうちには、「実施権者等は、本件特許権の侵害又は侵害のおそれのあることを知つたときは、直ちに特許権者にこれを通知する。特許権者は、実質的侵害を防止するため、必要に応じ、特許権侵害に対する訴訟を提起し、誠意をもつてこれを遂行する」との趣旨の条項があり、また、申請人モンテカチーニ社の補助参加人・東洋レーヨン株式会社は右の三井化学との間に、同・三菱レイヨン株式会社は右の三菱油化との間に、同・東洋紡績株式会社は右の住友化学との間に、いずれも許諾権者である申請人モンテカチーニ社の同意の下に、それぞれ、右各特許の再実施契約を締結したものであり、かつ、この再実施契約のうちには、「前記の実施権契約に定めた実施権者等と特許権者との間の権利義務関係は、それぞれ再実施権者等に引き継がれる」との趣旨の条項がある。だから、特許権者である申請人等の本件仮処分申請の成否によつては、参加人等の右のような特許に関する権利または法律上の地位がおびやかされる関係に立つことは明らかである。このように、参加人等は、本件訴訟の結果に利害関係があるから、参加人・三井化学、同・三菱油化、同・住友化学は、申請人両者を補助するため、また、その余の参加人等は申請人モンテカチーニ社を補助するため、各参加申出に及ぶ。(なお、仮処分申請の理由についての補助参加人等の主張の要旨は、その中に、申請人等の前記各主張以外の新たな主張があるとは解しかねるから、ここに別に摘示することをしない)

被申請人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり陳述した。

申請人等主張の一及び二の事実は、これを認める。

同三の(一)の主張のうち、第一特許の発明がパイオニヤ・インベンションであるとの点は争う。右の特許発明は、エチレンの重合用触媒を単にその同族体であるプロピレンに応用したにすぎない。

同三の(二)の主張は争わないが、特に次のことを附加する。すなわち、PPには結晶性のものと無定形のものとがあり、このうち工業的に価値のあるのは前者であつて、後者は無価値であるから、プロピレンを重合してPPを製造するに際しては、如何にして無定形PPの生成を抑制し、結晶性PPの生成を助長するかが、プロピレン重合用触媒の本質的使命である。この意味で、本件の触媒は、可能な多くの反応経路の中から特定のものを選択し、かつ、反応生成物の構造パターンを左右するもの、と定義すべきである。(反応速度は、反応経路が異ればそれにともない必然的結果として変るのが通例で、速くなることも遅くなることもあり、この場合、反応速度を促進させることも勿論重要であるが、反応経路の選択を誤り、無益なものをいくら速く生成せしめても、触媒としては、何の価値もない。)

同三の(三)の主張は争う。モンテ法触媒の本体は、「特許請求の範囲」に明記されているとおり、(イ)、(ロ)二成分の反応によつて生じた(イ)、(ロ)二元錯化合物をいうのであつて、未反応の(過剰の)(イ)または(ロ)成分そのものは、モンテ法の技術的範囲に属する触媒ではない。また、モンテ法の特許発明の要旨は、これを手段に限つていうと、原料物質である(イ)成分と(ロ)成分との反応生成物を触媒として用いることにあつて、申請人等の主張するように、触媒製造の原料物質として、(イ)、(ロ)二成分の組合せが必要であるということ、にあるのではない。

同四の冒頭の事実のうち、被申請人がアビサン社との間に主張のような技術援助契約を締結し、かつ、右契約に基き、現在は被申請人自らイソタクトPPの製造を始めていること及び、アビサン社が輸出しているイソタクトPPの製造方法が申請の趣旨記載のアビサン法(但し、重合は過剰の(B)物質の存在下で行う)であることは、これを認める。なお、現在被申請人が自ら実施しているイソタクトPPの製造方法もアビサン法に依つているが、ただ、具体的な触媒原料としては、アビサン法の触媒原料のうちの次のもの、すなわち、

(A)  物質のうちの、「3TiCl3・AlCl3の組成を有する物質」を微磨砕し、結晶性を失つて殆んど無定形となつたもの(以下、(a)物質ともいう。)

(B)  物質のうちの、アルミニウムヂエチルクロライド(以下、(b)物質ともいう。)

(C)  物質のうちの、ヂエチレングリコールヂメチルエーテル(以下、(c)物質ともいう。)

右の(a)(b)(c)三種の物質を使用している。

同四の(一)の事実のうち、(A)物質のうちの「三塩化チタンの単一体」がモンテ法の(イ)成分に該当するとの点を除き、その余は特に争わない。「三塩化チタンの単一体」は第二特許の(イ)成分には該当するが、第一特許の(イ)成分には含まれない。

同四の(二)の事実は争う。アビサン法の(A)物質のうちの、3TiCl3・AlCl3は、モンテ法の(イ)成分には含まれない。すなわち、

(1)  モンテ法の(イ)成分とは「‥‥周期律第四―六A族金属」の、「ハロゲン化合物」ないし「化合物」、であるが、周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物といえば、右特定族に属する単一元素とハロゲンとの化合物を指すのが学術用語上の常識であるところ3TiCl3・AlCl3は後記の如く少くとも固溶体をなしており、また、これを組成する元素はTiとClのほか、周期律第三B族の金属であるAlが含まれているのであるから、3TiCl3・AlCl3が(イ)成分の範囲に入らないことは明らかである。もともと、この物質は本件各特許出願当時、知られていなかつた物質である。

(2)  もちろん、完全に純粋な物質は存在しえないから、「三塩化チタン」というときは、当時でも、多少の不純物を含むことは当然であるが、3TiCl3・AlCl3は「多少の不純物としてのAlCl3を含む三塩化チタン」とは異る物質である。

(3)  3TiCl3・AlCl3は、TiとAlとClの三種の原子が結晶格子において化学的に結合した化合物ないの固溶体であるから、混合物のように、どの部分が、TiCl3、どの部がAlCl3、と分けて考察することはできない。それゆえ、3TiCl3・AlCl3を用いて生成する重合用触媒においてTiCl3部分のみが有効でありAlCl3は無意味な存在である、などということはできない。まして、3TiCl3・AlCl3は(イ)成分に比して、重合速度の点で圧倒的にすぐれた作用効果を有する触媒を生成する物質であるから、三塩化チタンの一種とみなすことは到底できない。

(4)  本件各特許の出願当時には、3TiCl3・AlCl3は未だ開発されておらずいわんや、これが触媒原料として使用しうることは全く未知のことであつた。そして、この物質は前記のように、「三塩化チタン」(第二特許の(イ)成分のうち最もすぐれているとされている。)よりも圧倒的にすぐれた作用効果をもつ触媒を生成するから(このことは、近時に至つて解明された)、右出願当時において(イ)成分とこの物質との間には、いわゆる、予測可能性も置換可能性もなかつた。したがつて、3TiCl3・AlCl3をもつて(イ)成分と均等物であるということもできない。

同四の(三)の事実中、(C)物質が(イ)成分にも(ロ)成分にも該当しないことは認めるが、その余は争う。アビサン法触媒とモンテ法触媒とは、同一の触媒とはいえない。すなわち、

(1)  (A)、(B)、(C)三物質の反応生成物(アビサン法触媒)と(A)、(B)二物質の反応生成物(モンテ型の触媒)とをそれぞれ用いてプロピレンの重合反応を行わせた場合に、その重合速度は、モンテ型触媒を用いた方が常に大きいが、得られる重合体中の結晶性PP(したがつて、イソタクトPP)の占める割合(これは、触媒が重合体の立体規則性を制御する能力を示している。)、並びに得られる全重合体ないしイソタクトPPの分子量は、いずれも、アビサン法触媒を用いた方が大きい。このように、両触媒の立体規則性を制御する能力に見られる差異は、反応径路の選択性という、触媒の本質において、両触媒が全く異ることを示すものであり、この作用効果の差異は、工業的見地からみても極めて顕著な差異であつて、単なる程度の差として無視することは許されない。それゆえ、触媒原料としての(C)物質の添加を有害無益の添加であるとすることはできない。

(2)  アビサン法触媒とモンテ型触媒とを、重合速度と重合体の立体規則性(結晶性PP、したがつて、イソタクトPP、の含有率)とに及ぼす重合温度の影響、他の触媒原料の濃度を一定にしたときの(A)物質(ここでは三塩化チタン)の量の増加に対する重合速度の関係(反応次数)、エチレン・プロピレン共重合特性、塩化ビニールの重合に用いた場の触媒作用、の各点について比較すると、その間に顕著な差を示す。これは、両触媒の機能が本質的に異ることを示している。

(3)  (A)、(B)、(C)、三物質が反応して得られる反応生成物は、(B)と(C)とが常に3対1の比で(A)と結合している三元錯化合物であつて、この場合、モンテ型触媒である(A)(B)二元錯化合物は共存していない。なるほど、(A)(B)(C)三元錯化合物が工業的価値のある活性を形成するためには過剰の(B)物質の存在が必要であるが、同様のことはモンテ法触媒についてもいえることである。すなわち、(イ)(ロ)二成分の反応によつて得られる(イ)(ロ)二元錯化合物は、過剰の(ロ)成分の存在において始めて工業的価値のある活性を示すのである。しかし、触媒の本体が、モンテ法では(イ)(ロ)二元錯化合物、アビサン法では(A)(B)(C)三元錯化合物、であることに変りはない。

同四の(四)の事実は争う。アビサン法触媒の本体である(A)(B)(C)三元錯化合物とモンテ法触媒の本体である(イ)(ロ)二元錯化合物とは、異る物質であり、かつ、両触媒は前記の如くその作用効果において質的な差異があるから、これを均等物ということもできない。また、方法の特許であるモンテ法においては、(イ)(ロ)二元錯化合物を触媒として用いることが、特許要旨を構成する一の要件(出発物質、手段、生産物、のうちの手段)であるから、モンテ法を利用するといいうるためには、(イ)(ロ)二元錯化合物を触媒として含む方法でなければならないところ、アビサン法触媒にはモンテ型触媒である(A)(B)二元錯化合物が共存していない(すなわち、含まれていない)こと前記のとおりであるから、アビサン法はモンテ法を利用する関係にはない。

同四の(五)の主張は争う。特許法一〇四条は、最初にその物についての方法の特許があつた場合に、その特許との関係について妥当するだけであつて、すでにその物について二以上の特許が認められてしまつた以上は、その方法が唯一のものであるとの推定は、自ら、崩れるのが当然であるところ、イソタクトPPの重合方法としては、本件特許にかかるものが唯一のものではなく、吾国においても既に申請人等の特許出願前に出願し、優先権主張の点でも、これに先立つ米国のフイリツプ石油会社の特許権があるほか、多数の特許が併存しているから、いずれにしても、本件について同法条を適用する余地はない。

なお、被申請人訴訟代理人は、補助参加人等の参加申出に対し、次のとおり異議を述べた。

許諾通常実施権者である参加人等は、本件仮処分申請に対する裁判の如何にかかわらず、その権利を実施することができるし、仮に、仮処分が発せられたとしても、その結果が法律上、参加人等に帰属するいわれはないから、仮処分訴訟の結果につき法律上の利害関係はないし、実施権者である参加人等にしてすでに然るのであるから、実施権者と再実施契約を締結したにすぎない参加人等については、なおさら、補助参加の理由は存しない。

(疏明関係) <省略>

(釈明処分)

当裁判所は、訴訟関係を明瞭ならしめるための処分として、鑑定人古川淳二、村橋俊介、島内武彦、堀内寿郎、神原周、井本稔、島村修、牧島象二、小林誠内田明、杉林信義、谷口知平に対し各鑑定を命じた(以下、引用する場合は、単に、古川鑑定、内田鑑定などと略称す。)

理由

(被保全権利について)

申請人等が、主張のような各特許権(第一特許及び第二特許)の共有者であること、右各特許の特許明細書の「特許請求の範囲」の記載が申請人等主張のような構文から成り、かつ、その要約が申請人等主張のとおりであること、被申請人がアビサン社との間で、申請人等主張のような技術援助契約を締結してこと、アビサン社の輸出しているイソタクトPPの製造方法が「申請の趣旨」記載のアビサン法(但し、重合は過剰の(B)物質の存在下で行う。)で行われており、かつ、被申請人が右技術援助契約に基いて現在自ら実施しているイソタクトPPの製造の方法もアビサン法に依つていること(ただ、被申請人は、自ら実施する製造方法では、具体的な触媒原料としては、アビサン法の触媒原料のうちの(a)、(b)、(c)、三物質を使用しているという。)は、いずれも、当事者間に争いがない。

そこで、アビサン法の実施が、申請人等のいうように、本件各特許即ちモンテ法の侵害になるか否かを、以下に検討する。

一、アビサン法をモンテ法(物を生産する方法の発明についての特許である。)に対比した場合に、発明の要旨を構成している出発物質(原料)、手段、目的物質(生産物)の三要件のうち、先づ、アビサン法の出発物質、目的物質が、モンテ法のそれに各々該当することは、争いがないから、アビサン法がモンテ法と同一の方法であるかどうかは、結局のところ、手段、即ち本件でいえば出発物質の重合に際して使用される触媒、が同一(ないし均等)か否かにかかるといえる。よつて、以下に、アビサン法触媒がモンテ法触媒と同一(ないし均等)か否かにつき考察する。

(一)  (A)、(B)、(C)三物質から生成されるアビサン法触媒のうち、(A)物質として3TiCl3・AlCl3を使用する触媒(触媒原料として、(a)、(b)、(c)の三物質を使用する触媒を含む)について。――以下、この触媒を、アビサン(a)型触媒ともいう。

(1) 成立に争いのない、甲第六六号証(ストーフアー社のカタログ「テクニカル・ブルチン」)、甲第六七号証(ヂヤーナル・オブ・ポリマー・サイエンス五一巻――一九六一年――三八七頁〜三九八頁)、甲第六八号証(同上・三九九頁〜四一〇頁)、甲第六九号証(「三塩化チタンの結晶型による物性について」と題する研究発表文)、及び当裁判所が真正に成立したものと推認する、乙第四六号証(「3TiCl3・AlCl3組成物に関するX線的研究」と題する実験報告書)、甲第三七号証(パオロ・ロンジの宣誓陳述書)の添付書類第一(ツアイトシユリフト・アンオルガニツシエ・ヘミー誌第一二八巻――一九三三年――八一頁〜九五頁)と添付書類第二(オーストラリヤ特許第二二七六七八号第四頁クレイム)、甲第五三号証(田代久平の鑑定書)並びに内田鑑定の結果によれば、3TiCl3・AlCl3は、TiCl3とAlCl3との単なる混合物ではなくて、TiCl3のTi原子の一部がAlで置換された、混晶(二種以上の物質が混合し、液相となつて一種の結晶を作つたものをいう。固溶体の一種であつて、その成分物質は原子的又は分子的に互に混合するが、互に化学量論的な関係はない。)として存在しているものと推認するのが相当である。当裁判所が成立の真正を推認する甲第七〇号証(ジウゼツペ・アレグラの宣誓陳述書)によるも右認定を左右するに足らず、他にこれを左右すべき資料はない。

(2) 第一特許の(特許請求の範囲」に記載された触媒の(イ)成分は、「・・・周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物」であるが、成立に争いのない甲第一号証の二(特許番号二五一八四六――特許異議の申立による公報の訂正)の全記載及び内田鑑定の結果から考えると、次のように解される。すなわち、右にいう「周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物」とは、「周期律第四A、五A及び六A族金属の中の単一金属元素にハロゲン元素のみが直結している形態をもつた化合物」と解するのが相当であるところ、Ti(チタン)は周期律第四A族の金属で(周期表参照)、Cl(塩素)はハロゲン族元素の一つであるから、TiCl3(三塩化チタン)が右にいう「周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物」に該当することは当然であるが(この点についての、小林鑑定の意見は採りえない)、Al(アルミニウム)は周期律第三B族の金属であるから(周期表参照)、AlCl3は周期律第三B族金属のハロゲン化合物というべきところ、前認定のように、3TiCl3・AlCl3は混晶であつてTiCl3とAlCl3との単なる混合物ではないのであるから、3TiCl3・AlCl3なる組成物は、右の「周期律第四―六A族金属のハロゲン化合物」には該当しないものと解するのが相当である。

(3) 第二特許の「特許請求の範囲」に記載された触媒の(イ)成分「……周期律第四―六A族の……金属の化合物」であるが、成立に争いのない甲第二号証の二(特許出願公告昭和三四  二四八九・特許公報)の全記載、前認定の如く、AlCl3が周期律第三B族金属のハロゲン化合物というべきもので、かつ、3TiCl3・AlCl3は混晶であるとの事実、後記認定の如く、第二特許出願当時には未だ、3TiCl3・AlCl3が如何なる組成を有するかの明確な認識も、その触媒原料としての有用性の認識も、存しなかつたとの事実並びに内田鑑定の結果を綜合すると、3TiCl3・AlCl3なる組成物は右にいう「……周期律第四―六A族の……金属の化合物」には該当しないものと解するのが相当である。

(4) 成立に争いのない、乙第五一号証(ラ・キミカ・エ・ランドストリア第四二巻第一一号第一、二一二頁表2)、乙第五四号証(アンダスン・ケミカル・カンパニー、一九六〇年八月技術公報)及び当裁判所が成立の真正を推認する乙第五二号証(「触媒原料の一成分としてTiCl3と3TiCl3・AlCl3を用いた場合のプロピレン重合活性の比較」と題する実験報告書)によれば、モンテ法触媒の(イ)成分として、代表的なものと考えられているTiCl3の代りに、3TiCl3・AlCl3を用いた場合には、後者による触媒の方が前者によるそれよりも、プロピレン重合に際してはるかに大きい重合速度を示すことが疏明されるところ(この認定を覆すに足る資料はない)、前顕の甲第一、第二号証の各二、甲第三七号証(添付書類第一及び第二を含む)、成立に争いのない乙第四二ないし四四号証(いずれも、英国特許明細書)並びに当裁判所が成立の真正を推認する乙第五九号証(ジエー・アール・フエネルの書翰)によれば、TiCl3(三塩化チタン)を得るには、水素その他を使用してTiCl4(四塩化チタン)からこれを生成する方法のほか、TiCl4をAlで還元してこれを生成する方法があり、かつ、後の方法をとる場合には、純粋の「三塩化チタン」を生成するに至る過程で、少量のAlCl3(三塩化アルミニウム)を不純物として含む三塩化チタンが粗生成物として生成されること、及びこのことは本件特許出願以前から一般当業の技術者間には知られていたが、しかし、右にいう「少量の三塩化アルミニウムを不純物として含む三塩化チタン」なる粗生成物が、どのような組成(AlとTiとClの割合)を有し、また、どのような状態でAlとTiとClが結びついているか(混合物か、固溶体か、化合物か)は勿論、この粗生成物をモンテ法触媒の(イ)成分として使用した場合に純粋の「三塩化チタン」を使用する場合よりも重合速度の点ですぐれた効果を示すとの前認定の事実も、右出願当時は、出願者、発明者、一般当業技術者間に知られていなかつたこと、並びに3TiCl3・AlCl3なる組成物が「AA型三塩化チタン」なる名称のもとに販売され始めたのは、その後のことに属すること、がそれぞれ疎明されるから(この認定を左右すべき資料はない)、この粗生成物が、単なる粗生成物ではなくて、それ自体、触媒原料として有用な完成物でもあるとの認識は、当時の一般当業者間には無かつたものと認められる。してみると、右出願時の技術水準において、モンテ法の触媒原料としての「三塩化チタン」ないし(イ)成分に置き代えて、「少量の三塩化アルミニウムを不純物として含む三塩化チタン」なる粗生成物としてではなく、それ自体で、触媒原料として有用な完生物として3TiCl3・AlCl3を用いることは、当業技術者間で容易になしうる類推ではなかつたといえるし、一方、また、右認定のように、生成される触媒の有用性の点でも3TiCl3・AlCl3の方が優れていて「三塩化チタン」との間に機能上の差があるのであるから、いずれも、3TlCl3・AlCl3をもつて「三塩化チタン」ないし(イ)成分の所謂、均等物であると解することはできない。

なお本件特許出願当時、単に三塩化チタンというときは、むしろ少量の三塩化アルミニウムを不純物として含有するものを含めて考えることが、当業技術者間の常識であつた、という申請人等の主張を肯定するに足る疎明は存しない。思うに、前認定のように、三塩化チタンを得るには、四塩化チタンをアルミニウムで還元する方法のほかに、水素等を使用する他の方法があり、後の方法によるときは三塩化チタンが三塩化アルミニウムを含むとということは生成に至る過程でも見られないと考えられるから、三塩化チタンと三塩化アルミニウムの結合の必然性を前提とする考えは採りえない。

(5) 以上のとおりで、3TiCl3・AlCl3はモンテ法の(イ)成分と同一でも均等でもない。従つて、アビサン(a)型触媒の触媒原料(A)、(B)、(C)、をモンテ法の触媒原料(イ)、(ロ)、に対比すると、(B)物質は(ロ)成分に該当し、(C)物質は(イ)成分にも(ロ)成分にも該当しない(このことは、当事者間に争いがない)、(A)物質(3TiCl3・AlCl3)は(イ)成分にも(ロ)成分にも該当しない((A)が(ロ)に当らないことは、弁論の全趣旨から明らかである)、という関係にある。

もちろん、モンテ法の「特許請求の範囲」には、(イ)、(ロ)の二成分を「反応させて得た触媒」ないし「反応によつて得た触媒」と明記されており、前顕甲第一、第二号証の各二、の全記載に内田鑑定の結果を参考にして考えると、モンテ法の触媒は、(イ)、(ロ)二成分の化学反応によつて生じた(イ)、(ロ)二元錯化合物(例えば、化合物X)そのものと、未反応の(イ)、(ロ)各成分と、を含む全体であると解するのを相当とするから(この点に関する、小林鑑定の意見は採らない)、これを図式で示せば、X+(イ)+(ロ)となり、成分(イ)、(ロ)、自体とは区別すべきものである。

従つて、触媒の異同を決するには、触媒原料を対比しただけでは足りず、触媒自体の比較を要することは、いうまでもないが、前説示のように、アビサン(a)型触媒の触媒原料のうちでモンテ法の触媒原料と共通なものが(B)物質だけである以上、(A)(但し、3TiCl3・AlCl3、(B)、(C)の三物質から生成される触媒であるアビサン(a)型触媒が、X+(イ)+(ロ)なる図式のモンテ法触媒と同一ないし均等であるとは、いかに想定しても、解しがたい。(C)物質の添加の意味を論ずるまでもなく右のように判断しうる。(ちなみに、(A)(3TiCl3・AlCl3)が(イ)成分の均等物でないこと前認定のとおりである以上、触媒自体の異同についても、均等論を持込みえない筈である。)

(二)  (A)、(B)、(C)三物質から生成されるアビサン法触媒のうち、(A)物質として「三塩化チタンの単一体」を使用する触媒について。――以下、この触媒を、アビサン(A)型触媒ともいう――。

(1) アビサン(A)型触媒の触媒原料である(A)(三塩化チタンの単一体、(B)、(C)、モンテ法の触媒原料である(イ)、(ロ)、に対比すると、(B)物質は(ロ)成分に該当し(C)物質は(イ)成分にも(ロ)成分にも該当せず、また(A)物質(三塩化チタンの単一体)がモンテ法中の第二特許の(イ)成分に該当することは、いずれも、当事者間に争いなく、さらに、右(A)物質がモンテ法中の第一特許の(イ)成分にも該当することは、前に認定したとおりである。つまり、アビサン(A)型触媒の触媒原料のうち(A)、(B)、の二物質は、モンテ法の触媒原料の(イ)、(ロ)、の二成分に、それぞれ、共通であり、ただ、前者で更に(C)物質が触媒原料として添加されている点が異る。しかし、触媒の異同は、触媒原料を対比しただけでは足りず、触媒自体を比較して決しなければならないこと、前説示のとおりなので、以下、この観点から考察する。

(2) 先づ、(A)、(B)、(C)の三物質から生成されるアビサン(A)型触媒を使用した場合は、(A)、(B)の二物質から生成される触媒(モンテ型触媒)を使用した場合に比し、常にプロピレンの重合速度(単位時間当りの、プロピレン吸収量ないし重合体生成量)が小であることは、当事者間に争いのない事実である。

(3) 成立に争いのない、乙第三四号証の一及び二(ザ・プラスチツクス・インスチチュート・トランサクション・アンド・ジャーナル二七巻六八号)、乙第四九号証(被申請人技術説明会記録)、当裁判所が真正に成立したものと推認する、乙第三三号証(ハーペツト・エム・ケルガチアンの宣誓口供書)、乙第三八号証(「アビサン型重合反応系とモンテ型重合反応系との比較試験」と題する実験報告書)、乙第五〇号証(「アビサン法とモンテ法の触媒により生成するポリプロピレンの収率及び物性の比較」と題する実験報告書)、乙第六〇号証(「アビサン型触媒とモンテ型触媒の比較試験・触媒洗滌前後に於ける重合物の物性測定」と題する実験報告書)及び井本鑑定の結果を綜合すると、プロピレンを重合して重合体PPを得た場合に、その得られた重合体にはイソタクト構造のPP(ヘプタン不溶性のもの)のほかに、非イソタクト構造のPP(ヘプタンに可溶性のもの)が含まれており、このうち工業的に価値のあるのは、イソタクト構造のPPだけあつて、非イソタクト構造のPPは現在のところ工業的には無価値であること、アビサン(A)型触媒(アビサン法の実際においては、触媒原料である(A)、(B)(C)三物質のモル比は、(A)対(B)対(C)が約一対二対〇、〇四になるように調整されている。)を使用してプロピレン重合を行つた場合の方が、モンテ型触媒(右の(A)、(B)二物質から生成されるもの)を使用してこれを行つた場合よりも、イソタクトPPの収率ないしイソタクト含有率(消費された原料プロピレンまたは生成された全重合体に対し、得られたイソタクト構造のPPが占める割合)が相当に高く、このことは(A)対(B)対(C)のモル比を約一対二対〇、〇四にしたときが最も顕著であるが、この傾向は(A)対(B)対(C)のモル比を一対二対〇、〇二あるいは一対二対〇、〇六にしても変らず、さらに一対二対〇、二にしても僅かながら右傾向が残存しており、かつ、右イソタクト含有率の差は重合温度を高くするにつれて顕著になること、及び右アビサン(A)型触媒を使用した場合は、モンテ型触媒によつた場合に比し、得られる重合体の平均分子量が、生成重合体の全体についても、またそのうちのイソタクトPPだけについても、常に大きい値を示し、機械的強度のすぐれた製品を得る可能性を保有せしめること、がそれぞれ疎明される。なお、イソタクト含有率に関しての、成立に争いない甲第四八号証(申請人技術説明会記録)及び当裁判所が成立の真正を推認する甲第四一号(「重合物の物性の比較」と題する実験報告書)各記載の実験結果は採用しない。

(4) ところで、他の物質の化学反応の進行速度を高めるという、一般触媒の通常の性格・目的からいえば、アビサン(A)型触媒における(C)物質の添加は、重合速度を低める結果を招くから(前記(2))、申請人等のいうように、有害な添加であるといえる。しかし、可能な多くの反応径路の中から特定のものを選択し、かつ、反応生成物の構造パターン(イソタクト性、分子量など)を左右するという、本件触媒の特殊な性格・目的(本件におけるように、プロピレンを重合してイソタクトPPを得るための重合用触媒がこのような目的を有することは、前顕甲第一、第二号証の各二や牧島鑑定の意見に徴し明白である。)にかんがみると、アビサン(A)型触媒を使用した場合とモンテ型触媒によつた場合とに現われる、生成物(重合体)のイソタクト含有率及び分子量における差異(前記(3)参照)は、それだけで触媒作用に差異のあることを示すものと解しうると共に、この差異は触媒原料としての(C)物質の添加に基因する有益性であるといえるから、申請人等のいうように(C)物質の添加をもつて無益だということはできない。換言すると、触媒原料としての(C)物質の添加が、触媒作用に何らの有益な変化も与えないなら、それは原料の増加があつたというだけで触媒自体としては何らの添加なきに等しいから、触媒は同一であると断じて差支ないけれども、(C)物質の添加が前説示の如き有益な効果を招く以上は、アビサン(A)型触媒は、その化学組成((A)、(B)、(C)三元錯化合物生成の有無等)、重合反応機構、等につき化学的考察を加えるまでもなく、モンテ型触媒と同一の触媒ではないと解するのが相当である。

尤も、重合速度にイソタクト含有率を乗じて得られる、イソタクトPPの絶対収量は、モンテ型触媒による場合の方が大きいことは、当裁判所が成立の真正を推認する、甲第四〇号証、甲第四九号証(いずれも、パオロ・ロンジの宣誓陳述書)並びに井本鑑定の結果から窺えるところであるが、しかし、この場合に、原料プロピレンの消費量(モンテ型触媒による場合の方が、単位時間当りのプロピレン消費量が大であることは、自明の理である。)や非イソタクトPP除去のための精製費(イソタクト含有率の低いモンテ法の方が、それだけ費用が増すであろう)等、その綜合的経済性を考慮に入れると、イソタクトPPの絶対収量が大きいことだけで直ちに工業的優位を結論しがたいし、のみならず、アビサン(A)型触媒を使用した場合の方が、機械的強度のすぐれた製品を得る可能性を秘めたPPが生成されるとの前認定を合せ考えると、(C)物質の添加が工業的に無益であるとはいえない。

(5)、以上のとおりであるから、アビサン(A)型触媒は、(イ)、(ロ)二成分から生成されるモンテ法触媒と同一の触媒ではないというべきところ、当裁判所が成立の真正を推認する乙第三二号証(James L. Jezlの宣誓供述書)によれば、本件特許出願時の技術水準において、触媒原料である(イ)、(ロ)、二成分のほかに、さらに第三成分として(C)物質をも加えて、この三成分から触媒を生成することは、当業技術者が本件特許発明から容易に類推しうる方法であつたとはいえないことが、推認され、さらに、両触媒の作用効果に差があること(機能が同一でないこと)前説示のとおりである以上、アビサン(A)型触媒をもつてモンテ法触媒と、いわゆる、均等であるともいえない。

二、アビサン法触媒(アビサン(a)型触媒もアビサン(A)型触媒も。)はモンテ法触媒と同一でも均等でもないこと、以上のとおりであるから、結局、アビサン法はモンテ法と同一の方法でないと論結せざるをえない。そして、同一の方法でないことが、右の如く疎明せられた以上、同一の方法の推定規定である特許法一〇四条が、もはや、本件に適用の余地のないことは明らかである。

三、そこで、最後に、アビサン法はモンテ法を利用するものであるか、否かを考察する。右利用関係の有無は、前記一に示したと同じ理由により、結局は両触媒を比較することによつて決せられる。すなわち、モンテ法触媒は、これを図示すれば、X+(イ)+(ロ)(Xは(イ)(ロ)二元錯化合物、(イ)は(イ)成分、(ロ)は(ロ)成分、を各示す)であることは、前に説示したとおりであるから、アビサン法がモンテ法を利用しているといいうるためには、アビサン法触媒の中にモンテ法触媒即ちX+(イ)+(ロ)がのそまま(その同一性、独立性を破壊されずに)共存していなければならない筋合である。そして、右利用関係は両法が同一の方法か否かの問題ではなくて、同一でないことがきまつたあとの問題であるから、利用関係の存在は、原則どおり、これを主張する申請人等が疎明責任を負担すべきものである。よつて、以下、両触媒を比較して右共存関係の有無を調べる。

(一)  アビサン(a)型触媒について。

(A)物質である3TiCl3・AlCl3が、TiCl3とAlCl3との混合物ではなくて、TiCl3のTi原子の一部がAlで置換された混晶であることは、前示のとおりであるから、混合物のようにTiCl3を完全に分離独立したものとしては扱えない。従つて、3TiCl3・AlCl3と(ロ)物質とから触媒を生成した場合に、(B)=(ロ)TiCl3=(イ)の関係にあるからといつて、X+(イ)+(ロ)をそのまま(その同一性、独立性を破らずに)含んだ触媒が生成されるとは、即断しがたい。混晶であることによつてTiCl3の独立性ないし同一性は全く破壊されたとも評価しうるからである。(しかし、この場合、3TiCl3・AlCl3は(イ)と同一でも均等でもない――このことは前認定のとおり。――から、(B)=(ロ) (A)=(イ)の関係にある、従つて(A)と(B)とから生成された触媒は、X+(イ)+(ロ)を含む筈がない、と簡単に割切ることにも疑問がある。)いずれにせよ、(A)(3TiCl3・AlCl3)、(B)、から生成される触媒中にX+(イ)+(ロ)が共存していることを疎明するに足る資料は存しない。まして、アビサン(a)型触媒は、(A)(3TiCl3・AlCl3)、(B)、(C)、(この(C)は(イ)にも(ロ)にも当らないこと前説示のとおり。)の三物質から生成されるのであるから、この触媒中にX+(イ)+(ロ)がそのまま共存しているとは即断しがたく、かつこれを肯定するに足る疎明資料は存しない。

(二)  アビサン(A)型触媒について。

この触媒では、(A)物質は「三塩化チタンの単一体」であるから、(A)=(イ)(B)=(ロ)(C)≠(イ)(C)≠(ロ)の関係にあるが、この触媒((A)、(B)、(C)の三物質から生成される)中に、X+(イ)+(ロ)がそのまま共存していることについては、未だ疎明があつたとすることはできない。すなわち、

当裁判所が成立の真正を推認する甲第四三号証(「三元錯化合物の組成」と題する実験報告書(3))には、「一定量の(A)成分(TiCl3)に、予め(B)対(C)のモル比を3対1の割合にして作つた(B)(C)錯化合物の溶液の一定量を加え、さらに過剰の(B)成分として種々の量の(B)溶液を加えて(二段法)得られた各生成物の組成を分析した結果、右生成物の(A)、(B)、(C)三成分のモル比は大巾な変動を示して常に一定ではないとの趣旨の実験結果、並びに、この実験結果からみて(A)、(B)、(C)は一定組成の錯化合物を形成しないと考うべきだとの判断」が示されており、同じく成立の真正を推認する甲第七二号証(「三元錯化合物の組成」と題する実験報告書)には、「予め、(B)対(C)のモル比を3対1の割合とする(B)(C)錯化合物を作成するようなことはせず、はじめから種々のモル比の(B)(C)溶液で(A)成分(TiCl3)を処理して(一段法)。得られる生成物の組成を分析した結果、右生成物における(B)対(C)のモル比は大巾な変動を示し一定でない」との趣旨の実験結果が記載され、また、同じく成立の真正を推認しうる甲等四五号証(「赤外吸収スペクトル」と題する実験報告書(5))には、(A)(TiCl3)(B)、(C)の三成分からなる生成物の赤外線吸収スペクトルを測定し、これを解析した実験結果が記載され、そこには右生成物の「赤外スペクトルの吸収位置大部分は(A)(C)錯化合物のそれに一致し、残りは(A)(B)の反応生成物又は(B)物質の吸収に一致し、((A)(B)(C))三元錯化合物の存在を示す特性吸収は何等存在しない」旨の考察が示されている一方、同じく成立の真正を推認しうる乙第三五号証(「アビサン型触媒の化学組成に就いて、第一報」と題する実験報告書)には「先づ、(B)対(C)のモル比が3対1の(B)(C)錯化合物のベンゼン溶液を(A)(TiCl3)に加え、次いで種々の濃度の(B)ベンゼン溶液((C)に対し、モル数で約二〇ないし八〇倍)をこれに加えて(二段法)、得られた各生成物の化学分析を行なつた結果、右の各生成物においては、(A)と結合する(B)対(C)のモル比は、(B)を(C)に対し右のようにモル数で約二〇倍から八〇倍と変化させていつても、常に実験誤差の範囲内で3対1の一定の整数比をとるとの実験結果、並びに、この実験結果から見て単一の(A)(B)(C)三元錯化合物が生成されていて、(A)(B)二元錯化合物は共存しないと考えられるとの判断」が記載され、同じく成立の真正を推認できる乙第三六号証(「アビサン型触媒の化学組成に就いて、第二報」と題する実験報告書)には、「一定濃度の(C)のノルマルヘプタン溶液に、種々の濃度の(B)のノルマルヘプタン溶液を(B)対(C)のモル比が約二〇対一から八〇対一になるように(B)の量をいろいろに変えて加え、次いで一定量の(A)(TiCl3)を加えて(一段法)、得られる各生成物の化学分析を行つた結果、右の各生成物においては、(A)と結合する(B)対(C)のモル比は、(B)を(C)に対し右のようにモル数で約二〇倍から約八〇倍へと変化させていつても、常に実験誤差の範囲内で3対1の一定の整数比をとる、旨の実験結果、並びに、右実験事実から見て単一の(A)(B)(C)三元錯化合物が生成されていて、(A)(B)二元錯化合物は共存していないと考えるべきであるとの判断」が示されているし、また、同じく成立の真正を推認しうる乙第三七号証(「アビサン型およびモンテ型錯化合物の赤外線吸収スペクトルによる比較」と題する実験報告書)には、「(A)(TiCl3)、(B)、(C)の三成分からなる生成物の赤外線吸収スペクトルを測定し、これを(A)(C)反応生成物及び(A)(B)反応生成物の各スペクトルと比較すると、三スペクトルとも互に異り、かつ、(A)(B)(C)生成物のスペクトルは、(A)(C)スペクトルと(A)(B)スペクトルとの重ね合せでは説明できないこと及びこのことは(A)(B)(C)反応生成物が(A)(B)反応生成物と異つていることを示す、旨の実験結果並びに判断」が記載されているし、ついで、同じく成立の真正を推認すべき乙第三九号証(「ヂエチレングリコールヂメチルエーテルのアルミニウムアルキルおよび三塩化チタンに対する反応性に就いて」と題する実験報告書)によると、(C)物質は、(A)物質(TiCl3)とも(B)物質とも極めて反応し易い物質で、(A)物質と反応して(A)(C)錯化合物を、(B)物質と反応して(B)(C)錯化合物を、それぞれ生成することが、疎明されている。

他方、この点についての各鑑定人の意見をみるに、古川鑑定は「(A)(B)(C)三元錯化合物は生成されず、(A)(B)化合物と(A)(C)化合物とが併存している」、神原鑑定は「(A)(B)反応生成物は存在するが、(A)(B)(C)三元錯化合物は存在しない」、村橋鑑定は「(A)(B)反応生成物だけであるか、これと(A)(B)(C)三元錯化合物とが共存するか、は即断できないが、(A)(B)(C)三元化合物のみが存在する可能性は極めて低い」、牧島鑑定は「(A)(B)(C)三元錯化合物は存在する。(A)(B)反応生成物の存否は不明であり、存在しないというべきであろう」、井本鑑定は「(A)(B)(C)三元錯化合物は存在する」、島村鑑定は「(A)(B)(C)三元錯化合物は存在する。(A)(B)反応生成物が共存するか、しないかを区別することは、絶対的の意味では不可能であるが、実質的には共存しないとみるべきである」、との各趣旨の結論を示している。

右のように、双方提出の書証(前顕甲、乙各証)に示された実験結果も食い違い、かつ、鑑定意見もそれぞれ異るのでその他の疏明資料を綜合考察しても、なおアビサン(A)型触媒は(A)(B)(C)三元錯化合物(例えばY)を生成していないか、また、右触媒中には(A)(B)二元錯化合物(X)を本体とするモンテ型触媒、換言するとX+(イ)+(ロ)の図式で示されるモンテ法触媒、がその同一性独立性を破壊されずに共存しているか、については、当裁判所は未だ、いずれとも疎明の心証を得ることができない。

(三)  以上のとおりであつて、アビサン法触媒中にモンテ法触媒がそのまま共存していることは、申請人等の全立証によつても、いまだ、疎明されないというべきであるから、結局、アビサン法はモンテ法を利用する関係にあるとはいえないと論結せざをるえない。

四、アビサン法は、モンテ法と同一の方法ではなく、またこれを利用するものともいえないこと、右のとおりであるから、被申請人のアビサン法の実施を指して、モンテ法(本件第一、第二特許)の侵害であるとはいえない。従つて、本件仮処分申請は被保全権利を欠く。

補助参加の許否について(昭和三六年(保モ)第一四九〇号)。

補助参加人・三井化学、同・三菱油化、同・住友化学の三社は、いずれも、本件各特許権の実施を特許権者である申請人等から許諾された通常実施権者であり、その余の補助参加人等三社は、同意権者である申請人モンテカチーニ社の同意の下に、それぞれ、前記補助参加人(通常実施権者等)と再実施契約を締結している、いわゆる、再実施権者であることは、成立に争いのない丙第二、第三号証の各一ないし三、当裁判所が真正に成立したものと推認する、丙第一、第六、第七、第八、第九号証の各一ないし三、丙第一〇号証、により疎明される。

思うに、許諾による通常実施権者は、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明を実施する権利を有する(特許法七八条二項)。しかし、この権利は債権たる性質をもち、排他性がない。すなわち、許諾者(特許権者等)に対し、当該特許権を、実施許諾契約で定めたとおり実施させるよう求める請求権(契約履行請求権)であるが、排他性はないから、特許権者等は範囲の重複する通常実施権を二人以上の者に重畳的に許諾しうるわけであり、このことは、何ら、許諾者の債務不履行を構成するものではない。したがつて、許諾をうけた通常実施権者にとつては、他の許諾通常実施権者の発生は、経済的には競争者の発生として重大な利害関係があるが、法律上は利害の関係に立たないことは、いうまでもない。しかし、だからといつて、特許権の違法侵害者の発生をも、他の許諾通常実施権者の発生と同様に、許諾通常実施権者に法律上何らの影響を与えないということはできない。けだし、実施許諾者は、通常実施権者がその特許発明を実施するのを容認する義務(不作為義務)を負うと同時に、さらに、発明の実施を実質的にも完全ならしめる意味で、第三者の違法な特許侵害を差止める義務(作為義務)をも負担するものと解するのが相当である。通常実施権者は専用実施権者とちがつて、自ら侵害に対し差止請求訴訟ができないと解されるため、許諾による通常実施権者に対しては、許諾者は実施許諾契約にもとずく債務として、反対の特約なき限り、右のような第三者の違法な特許侵害に対する排除義務を負担していると解するのが、契約の解釈における信義則に合致するからである。してみると、反対の特約の疎明されない本件では(前顕丙第六号証の一ないし三、に記載の約定から反対の特約を推認することはできない。)、申請人等の本件仮処分申請(侵害差止の申請)は、通常実施権者である補助参加人三社に対する関係では、外形上、実施許諾契約にもとずく債務の履行行為と評価しうる関係にあるといえる。さらに、通常実施権者と、いわゆる、再実施権者との関係も、右と同様の理由から、通常実施権者は再実施契約にもとずく債務として、反対の特約なきかぎり、前記の特許侵害排除の義務を履行するよう許諾者(特許権者等)に請求することを、いわゆる、再実施権者に対する義務として負担している関係にあるといえる。してみると、反対の特約の疎明されない本件では、申請人等の本件仮処分申請は、いわゆる、再実施権者であるその余の補助参加人三社に対する関係では、外形上は、通常実施権者が右再実施権者に対して再実施契約上負担している右義務が履行されている状態と評価しうる関係にある。そして、補助参加人等と本件仮処分申請人等との間に右のような関係がある以上、補助参加人等は本件仮処分訴訟の結果につき法律上の「利害関係「があるものと解して差支ない。よつて、補助参加人第六社の補助参加申出は、いずれも、これを許可するものとした。

(結論)

よつて、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条、第九三条、第九四条、を各適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官宮崎福二 裁判官朝田孝 荻田健治郎)

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